公益財団法人三島海雲記念財団

Mishima Kaiun Memorial Foundation

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三島海雲学術賞フォローアップインタビュー

これまでの三島海雲学術賞受賞者の方に、ご専門分野や受賞研究、最近のトピックスなどをお聞きするシリーズです。今回は2016年度(第5回)受賞 自然科学部門で受賞された村田 幸久先生です。

食物アレルギーの新たな診断・治療方法を確立する村田 幸久
東京大学大学院 農学生命科学研究科 准教授

多くの課題を抱える食物アレルギーの診断

免疫学・薬理学を専門に、食物アレルギーを対象とした研究をしています。乳幼児に多く見られる食物アレルギーは、咳や蕁麻疹、嘔吐、下痢などを伴い、アナフィラキシーを起こすことで死に至る恐れもある疾患です。

現在、食物アレルギーを予防するには、早期に確定診断し、抗原となる食べ物を摂食回避するしか方法はありません。確定診断をするには血液検査(抗体検査)だけでは不十分で、専門病院でアレルギー抗原となる食物を少しずつ摂取し、症状が出るかを調べる「経口負荷試験」が必要です。しかし、この経口負荷試験には膨大な労力と時間が必要な上、試験中にアナフィラキシーなどの有害症状が生じるリスクもあります。また、診断が医師の観察と主観に依存するなど、多くの課題を抱えています。

そこで私たちは、より簡単かつ客観的で、子どもにも医師にも負担が 少ない診断技術の開発を進めてきました。その結果、診断と治療の両方に応用できる、新たな方法の確立に至りました。

場所や設備に制約されない、安全な診断に向けて前進

私達は食物アレルギーの患者さんの尿の中に、この病気特異的に、かつ症状の程度を反映できる「PGDM」と呼ばれるバイオマーカーを発見しました。乳幼児からでも採取しやすい尿を用いて検査することが可能になれば、小さな子供から採血を強いることなく、抗原負荷による有害症状の発症リスクのない検査が可能になります。

PGDMは、アレルギー反応を起こす「マスト細胞」が活性化した際に大量に放出される物質の最終代謝産物であり、尿の中で数日間安定して存在します。国立成育医療研究センターに多大な御協力をいただき、このPGDMの尿中濃度が、患者さんの経口負荷試験の結果と相関することや、症状のでない少量の抗原にも反応すること、免疫療法の治療反応性を予測できること、を証明することができています。

現在は、検査の実用化に向けて研究を進めています。現時点で本検査がもつ課題は、PGDMの濃度測定に質量分析装置が必要であることが挙げられます。そのため、PGDMに対する抗体を作製し、この抗体を用いた検査キットの開発に取り組んでいます。分子量の小さなPGDMに対する抗体の作製はむつかしいものでしたが、研究員の工夫と努力によって候補抗体を得ることに成功しています。検査キットを開発できれば、自宅や小さな病院でも安全かつ手軽に、食物アレルギーの診断を行うことができるようになります。

また、正確な症状の程度評価が可能になり、将来子供たちの食事の幅を広げられる技術につながることを期待しています。

アレルギーの原因物質を減らし、根本療法を実現するために

一方、治療方法においては、マスト細胞が産生する物質「PGD2」の、食物アレルギー発症における役割の解析を続けてきました。その結果、PGD2が欠乏すると消化管のマスト細胞数が増加し、食物アレルギー症状が劇的に悪化すること、PGD2の受容体「DP」を刺激する薬によって腸管のマスト細胞の増加を抑制でき、症状の悪化を防ぐことができる ことを発見しました。

その他、DP受容体の刺激は炎症時に起こる組織の血管透過性を強く抑制する作用があり、食物抗原が起こすアナフィラキー反応の治療にも応用できるなど、多くのことを解明することができました。

これまでの食物アレルギー治療の多くは、抗ヒスタミン剤を使用した 対症療法によるものでした。マスト細胞そのものを減らすことができれば、疾患の原因そのものを取り除く根本治療が可能になります。現在、新たな薬やサプリメントの開発に向け、企業との連携を進めています。

コロナ禍で多くの制約を受けた研究活動

新型コロナウイルスの感染拡大により、大学における研究活動は、大幅に停滞しました。登校制限によって研究に使用する動物や細胞の維持が通常通り行えず、日数を要する食物アレルギーモデルの作製や評価など、多くの実験を止めざるをえませんでした。

一方、厳しい状況の中でも、研究室の学生たちは何度もオンラインに よるミーティング・勉強会を自主的に開催しており、研究や論文作成について議論をする姿には、頼もしさを感じました。また、自宅でもできる画像解析などの実験を取り入れるなど、自分自身の研究方法についても新たな変化や気づきがありました。

小さなお子さんが食べたいものを自由に食べられる未来へ

研究活動における私のゴールは、「小さなお子さんが、食べたいものを 自由に食べられるようにすること」です。その実現のために、今後も技術開発とその実用化を進めていきたいと考えています。

食物アレルギーの改善には、長い年月をかけて抗原を少しずつ食べていく、「免疫療法」という手段があります。現在の免疫療法は医師の経験や知識に依存していますが、今回の研究結果は、その適切な指標づくりにも応用できます。適切かつ容易な診断・管理技術を開発すれば、無駄な食物の摂食回避をなくし、免疫療法を正しく進めることができます。それでも抑えられない症状は新たな薬で治療できるようにすれば、親と子が安心して食を楽しめる未来へと近づくことができると考え、日々研究に励んでいます。

2021年10月01日

村田 幸久
東京大学大学院 農学生命科学研究科 准教授

2001年 東京大学農学部獣医学課程獣医学専修 卒業
2004年 東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻博士課程修了
*2004年 Yale大学医学部研究員
2005年 東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 助教
2013年 東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 准教授