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公益財団法人三島海雲記念財団
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三島海雲学術賞フォローアップインタビュー

これまでの三島海雲学術賞受賞者の方に、ご専門分野や受賞研究、最近のトピックスなどをお聞きするシリーズです。今回は2017年度自然科学部門で受賞された石丸喜朗先生です。

"味"に対する生体の反応を、分子レベルから解明する

石丸 喜朗
明治大学農学部
専任教授

脊椎動物の味覚から、人体のメカニズムにアプローチ

食品科学の領域で、“味覚”を起点に二つのアプローチで研究を進めています。

一つ目は、ヒトを含むさまざまな脊椎動物の味覚受容体です。味は、甘味、苦味、酸味、塩味、うま味の五つに大別されます。このうち生物にとって好ましい甘味とうま味は「T1R」、毒性を判別するための苦味は「T2R」というように、感知される味覚受容体はそれぞれ区別されています。
そして脊椎動物は種によって摂取する物質が違うため、持っている味覚受容体も少しずつ異なります。この相違点を明らかにしつつ、マウスなどヒトに近い種の構造を分析することで、人体のメカニズム解明に役立てたいと考えています。

二つ目が、消化管における味細胞との類似性です。舌で味を感じるのは「味蕾」という組織の中にある「味細胞」ですが、類似する細胞が小腸にも存在し、寄生虫などの外敵を検出する機能を持つことが分かっています。その詳細を明らかにするためには、口腔内と共通する仕組みを見つけ出すことが有効であることから、並行して研究を進めてきました。

 

酸味細胞の正体を解明

三島海雲学術賞を受賞したのは2017年度で、複数の研究成果によるものです。

まずは魚類の味覚受容体に関する発見です。ヒトが昆布などに含まれるグルタミン酸などを通じてうま味を感じることはよく知られていますが、マウスの場合は20種類のアミノ酸に広く反応するなど、それぞれの動物で応答する物質は少しずつ異なります。同研究では、ヒトやマウスとは異なり、ゼブラフィッシュやメダカにおいてはT1Rが甘味物質に応答しないことを解明しました。後続するさまざまな動物のうま味受容体の研究成果に対し、基礎となる発見を用意することができました。

次に、酸味の感知に関する研究です。「味蕾」はおよそ数十個の細胞から構成されますが、それぞれの味は別の細胞が感知すると考えられています。このうち、甘味、うま味、苦味に対応する細胞は多くの知見が得られていましたが、残る細胞については未解明な部分が残されていました。私はマウスの分析により、酸味に対応する細胞を発見することに成功し、さらに酸味受容体が欠損するマウスで研究を進めたところ、酸味に対する反応が抑制されつつ、完全には消失しないことが分かりました。この結果は、対象とした分子における酸味受容への関与を裏付けるとともに、ほかにも未知の酸味受容体が存在することを示すものとなります。

酸味の細胞を同定したことを受け、感知された酸味情報がどのように脳の中枢へ伝えられるかについても解析を行いました。「コムギ胚芽レクチン (WGA)」を用いた実験により、マウスにおいて酸味情報を伝達する神経回路の可視化に成功しています。

また、小腸の研究も前進しました。マウスにおいては、転写因子「Skn-1a」を欠損させると、口腔内で味蕾の中の甘味・うま味・苦味細胞が消失します。そこで、Skn-1a欠損マウスの消化管を観察したところ、小腸上皮細胞の約 0.4%を占める「刷子細胞」が消失することを発見し、口腔内と消化管における共通の仕組みが明らかになりました。また、Skn-1a欠損マウスは通常のマウスに比べ、普通食・高脂肪食の両方において体重が減少することも分かっています。この結果は、味細胞や刷子細胞が起点となり、脳を介して肝臓・筋肉・脂肪組織などの末梢組織のエネルギー代謝を制御するという、新たな概念の発見につながっています。

 

日本の若手研究者に対し、支援を充実化することの重要性

新型コロナウイルスの感染拡大は、大学への入構制限をもたらし、実験は大幅に停滞しました。そうした中でも私たち研究チームは、人数制限などに柔軟に対応しながら着実に研究を推進しています。学会などの機会は減ったものの、改めて研究に向き合う時間が増えると考え、前向きに取り組んできました。

三島海雲学術賞の受賞者は、皆さん素晴らしい成果を残しています。日本における研究活動では、経歴の重要性は無視できず、学術賞などの受賞歴は研究活動を大きく前進させるきっかけになります。また、日本は海外と比べ研究助成の水準が低く、特に人件費を充実させることが困難です。こうした中、個人の研究者に対しても手厚い支援を行う三島海雲学術賞は、未来の学術界においても貴重な存在となるでしょう。今後も才能ある研究者に対し、支援が継続されることを願います。

 

産学連携で食品の質の向上に貢献する

三島海雲学術賞の受賞と前後して、東京大学から明治大学へと籍を移し、新しい研究室を立ち上げました。現在は魚類の苦味受容体について研究を進めており、天然物に対する受容体の発見に成功しています。また、食品関連企業との共同研究も始めており、食品に使用される物質が味覚受容体にどう影響するのかを、産学連携により調査中です。

これらの研究を通じて、人間が口腔内で食物の味を感じ、消化管で消化・吸収し、全身のエネルギー代謝を制御するという、一連の「食の科学」の全体像に迫っていきたいと考えています。最終的な目標は、健康増進に貢献する食品の開発や生物界のメカニズムの解明です。これからも新たな発見を積み重ね、謎に満ちた味の世界を探求していきたいです。

2022年5月11日

石丸 喜朗
明治大学農学部
専任教授

2003年3月 東京大学大学院 農学生命科学研究科 博士課程修了
2003年3月 博士(農学)の学位取得(東京大学)
2005年2月 デューク大学 日本学術振興会海外特別研究員等
2007年4月 東京大学大学院 農学生命科学研究科 特任助教
2014年1月 東京大学大学院 農学生命科学研究科 特任准教授
2017年4月 明治大学農学部 専任准教授
2022年4月 明治大学農学部 専任教授