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公益財団法人三島海雲記念財団
三島海雲について

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三島海雲年譜

1915(大正4年)36歳

清朝滅亡し、中国での全ての事業を手放し無一文で帰国

1916(大正5年)37歳

内モンゴルでの体験をもとに、東京帝国大学衛生学教室で
乳酸菌の研究を始める

1917(大正6年)39歳

ラクトー株式会社(後のカルピス株式会社)を設立

生きた乳酸菌の入った「ラクトーキャラメル」を開発し、販売

1919(大正8年)41歳

7月7日 七夕の日に「カルピス」発売

試行錯誤の末、日本初の乳酸菌飲料の開発に成功した

初代「カルピス」の復刻版

「カルピス」発売開始
当初の新聞広告
(大正8年 1919年 東京日日新聞)

与謝野鉄幹・晶子夫妻に完成した「カルピス」を披露したところ、晶子がその場でさらさらと二首の歌を作る

カルピスを友は作りぬ蓬莱の 薬というもこれにしかじかな

カルピスは奇しき力を人に置く 新しき世の健康のため

1921(大正10年)43歳

「初恋の味」のキャッチフレーズ誕生

文学寮の後輩で国語教師の駒城卓爾が創作した「初恋の味」を「カルピス」のキャッチフレーズに採用

1922(大正11年)44歳

富士山頂に登る

自己修養と「カルピス」にかかわる人々の繁栄を祈るため
富士山頂に登る。
以来、戦中戦後の一時期を除いてほぼ毎年、富士登山を試みた

1923(大正12年)45歳

関東大震災 「カルピス」をトラックで配布

専務時代の三島海雲48歳
(大正15年 1926年)

1924(大正13年)45歳

第一次大戦後のドイツの美術家救済事業募集作品で、
「黒人マーク」誕生