コンテンツにジャンプ メニューにジャンプ
公益財団法人三島海雲記念財団
三島海雲について

ホーム> 三島海雲について> 年譜

年譜

西暦年号年齢略歴
1878年 明治11年

大阪府萱野村(現箕面市)の教学寺に生まれる(7月2日)

1893年 26年 15

京都西本願寺文学寮予科2年に入学 生涯にわたって親兄弟以上の付合いとなる、杉村楚人冠(広太郎)の教えを受ける

1899年 32年 21 文学寮を卒業 山口県開導中学赴任、英語教師となる
1901年 34年 23 東京仏教大学3年に編入学
1902年 35年 24 同大学を中途退学 中国に渡り、北京東文学社の教師となる
1903年 36年 25 北京で貿易商 日華洋行を設立
1904年 37年 26

軍馬調達のために蒙古(内モンゴル自治区克什克騰旗)に入る 酸乳、馬乳酒等の発酵乳に出会う

1907年 40年 29

東京で野村礼譲(文学寮同窓)の紹介で、その後一生の理解者となる東京帝大生 羽田亨(のちの東洋史学者 京都大学総長)と出会う

1909年 42年 31 大隈重信伯爵の薦めで緬羊の改良に着手
1915年 大正 4年 37 清朝滅亡し、中国での全ての事業を手放し帰国
1916年 5年 38 東京帝国大学衛生学教室で乳酸菌の研究を始める
1917年 6年 39 ラクトー株式会社(後のカルピス株式会社)を設立
1919年 8年 41 7月7日七夕 わが国初の乳酸菌飲料「カルピス」を発売
1921年 10年 43 「初恋の味」のキャッチフレーズ誕生
1923年 12年 45 関東大震災 「カルピス」をトラックで配布
1924年 13年 46 第一次大戦後のドイツの美術家救済事業募集作品で、「黒人マーク」誕生
1929年 昭和 4年 51 料亭銀茶寮を銀座に出店(北大路魯山人に実務を委託)
1944年 19年 66 爆風を受け療養生活に入る
1945年 20年 67 5月 空襲で東京工場、本社焼失
1950年 25年 72 銀行の協調融資を受け会社を再建
1956年 31年 78 ピルマン製造株式会社設立し 「ピルマン」ヨーグルトを発売
1960年 35年 82

三島海雲顕彰碑建立(東京築地本願寺和田堀廟所)

1962年 37年 84 財団法人三島海雲記念財団設立
1963年 38年 85

第1回三島研究奨励金交付
財団の寄付行為として、京都大学 羽田記念館(現ユーラシア文化研究センター)を寄贈

1965年 40年 87 勲三等瑞宝章受章
1967年 42年 89

富士山頂に中林梧竹の「鎮國之山」碑を再建

1970年 45年 91 カルピス食品工業株式会社取締役社長を勇退する
1974年 49年 96

「仏教聖典」(山口益編) 出版
12月28日逝去(享年97歳) 正五位を叙せられる

1977年 52年

『三島海雲翁をしのぶ』 生誕百年記念 発行